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あるがままに見よ!


 あの十字軍の時代、共存を試みた王がいた。
 しかも、その王は、イスラム抹殺の先頭に立つはずの
 神聖ローマ皇帝だった。

 この話はキリスト教世界が肩で風を切っていたつい先ごろまで、
誰も口にはしなかった。
 2000年3月、時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、先の十字軍の蛮行を、
 『過ぎた行為。間違っていた。』と素直に認め、
 『許しを請います。』と宣言した。
 これは彼だからできたこと。
 多くの強権なキリスト教徒の反感をかう中での言葉だった。

 以来、あの時代に、ヨハネ・パウロ2世と同じく、
 キリスト教以外を排除する勢力と真っ向戦いつつ、
 イスラムの神も認めつつ、共存しようとした、
 あの皇帝の話が巷に語られるようになったのだ。

 それは、3歳でシチリア王となり、20歳で神聖ローマ皇帝となった
 フリードリッヒ2世である。
 祖父は、英国王室の祖、ノルマンディ公ウイリアムと同じ、ノルマンの出。
 地中海に傭兵として抱えられるうちに、力をつけ、
 アラブ世界のものであったシチリア島をシチリア王国としてまとめた。
 両親は、幼くしてなくなり、彼はパレルモの宮殿で育った。

 なんと、彼の後見人は、蛮行名高いあの第4次十字軍を送った
 インノケンティウス3世。
 シチリアは、地中海交易と宗教勢力図で最も大事なところだから、
 教皇自らお出ましなのだ。

 フリードリッヒの祖父は、地もっちのシチリア島民や
 すでに住んでいたアラブ人、ユダヤ人、キリスト教徒や、ノルマン人。。。
 多種多様な人種、全員を宮廷に抱えた。
 宗教や人種で差別することなく!
 地中海に不慣れなノルマン人は、
 アラブ人から多くの航海術や商売のコツを教わり、
 教養高いギリシャ人からは西欧のゆりかごと言われたギリシャ哲学を習い。。。
 だから、この王国の公式文書は、なんと、
 ギリシャ語、ラテン語、アラブ語で併記されていた!
 なんと、おおらかな!!!
 この宗教の対立激しい時代に、ほかではありえない光景だった。
 
 そんな中で育ったわけだから、フリードリッヒには、偏見がなかった。
   「アラブ人は人ではない!!
    だからキリスト教の神は、あいつらを殺せば
    この世の罪をぜ~んぶなかったことにしてくれる!」
 こんなことを誰もが信じて、エルサレムやアッコで、
 イスラム教徒を切り刻んでいた時代である。

 フリードリッヒと、イスラムの君主アル・カーミルは、
 事実はペンフレンドだった!!
 戦いの事には触れず、科学や人文学を語り、盛んに手紙のやり取りをして、
 互いに信頼と、友情を抱くようになっていた。

 だから、教皇が「早く出陣せよ!」といったって、戦争に行く気もない。
 仕方なく、出陣したら、すぐに
      『チフスになっちゃった~』なんていって、帰ってきてしまう。
 教皇側からすれば、なんと腰抜け!なんと裏切り者!!
 教皇はフリードリッヒを罵倒して、キリスト教世界から破門した。
 。。。ということは彼は西洋社会から村八分ということ。

 フリードリッヒは賭けに出る。
 手勢を連れ、アッコに行き、そこから、カーミルに訴える。
 「僕、立ち場がないから、エルサレムをくれない?」
 「それはこっちも立場があるからできないよ。。。」
 二人は、戦争なしで何とかならないかと知恵を絞った。
 
 そして・・・なんと! 和平条約にこぎつける。
 
 そこには、キリスト教徒もイスラム教徒もなく、仲良くエルサレムを統治して、
 仲良く神殿の丘で礼拝しようというもの。
 こんなことはあの時代はおろか、今だって考えられないではないか!!

 これが締結されている間、シチリアにはさらに、
 ありとあらゆる物資がアラブから届き、
 物流が盛んになり、その収益で大繁栄する。
 エルサレムにも平和がやってきて、
 エジプトやシリアの綿織物のマーケットでにぎわう。
 それは今も<コットンマーケット>と言われて残っている。

 二人が築いた平和は、わずか10数年だったが、
 あの憎しみしかない時代に、実は知恵を縛って平和が築かれ、
 キリスト教徒イスラム教、ユダヤ教までもが共存した時代があったのだ!

 フリードリッヒがアラブの習慣から学んで書いた『鷹狩』の本には
 繰り返し、こう書いてある。

 『あるがままに見よ!』

 先入観や偏見なくして、おおらかなひろ~い心で、
 何事も見ることができれば、
 このような共存共栄も夢ではないのだ!

 昨今、尖閣諸島が騒がしい。
 『和をもって貴しとなし』の日本人からすると、中国のやり方は理解できない。
 しかし、それがほぼ全世界、全時代の外交手段であることも事実だ。
 それほどの地下資源が、あそこに眠っているならば、
 みんなで開発しみんなで仲良く使おうじゃないか・・・なんて、
 チラとでも思えば、それはすでに尖閣諸島を乗っ取られたも同じ。
 それが国際社会の政治なのだ。

 しかし、日本人の考えのほうが、正しい。
 共存共栄は、互いの人間レベルが高く、知恵があれば可能である。
 
 ただし!
 それには、日本という国家の発言が、国際社会で重たくなければいけない
 日本の発言や思想が、国際社会で重要視されねばならない!
 ポチの遠吠えでは、人は知らんふりである。

 『美しい国』『誇れる国』『元気な国』。。。
 はっきり言って、それらは、みな日本人の自己満足である。
 本当にそうなら、世界がなぜ振り向かないのか?
 国際社会で、なぜ日本は対等外交ができないのか?

 歴史に学ぶことは多い。
 近視眼的な温故知新はいらない。

 『あるがままに見よ!』

 これはいろいろな意味でふか~い言葉である。
 
 
 
 
  


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